西旅-広島県-原爆ドームへ行く-三日目後半2
今年のGW旅、三日目の午後その2。
大阪-鳥取-島根-広島-岡山の大移動。
午前中は国宝松江城へ行き、国宝5城を制覇した。
【原爆ドーム】
2018年5月2日水曜日
広島城を出て、地下通路を歩く。
地上へ出ると、路面電車が走っていた。
勝手なイメージだが、路面電車ってもっと古風な外観かと思っていたが、
わりとおしゃれなスタイルだった。
【路面電車】
すぐ後ろには原爆ドームがある。
【石碑】
「昭和20年8月6日 史上はじめての原子爆弾によって破壊された旧広島産業奨励館の残骸である
爆弾はこの建物のほぼ直上約600メートルの空中で爆発した
その1個の爆弾によって20万をこえる人々の生命が失われ 半径約2キロメートルに及ぶ市街地が廃墟と化した
この悲惨な事実を後世に伝え人類の戒めとするため 国の内外の平和を願う多数の人々の寄金によって補強工事を施し これを永久に保存する____
昭和42年8月6日 広島市」
日本人なら誰でも知っている原爆ドーム。
実際に行ったことがある人はどれくらいなのかと思っていた。
ついに私も来ることができた。
実際に見るとやはりその悲惨さが伝わる。
石碑にあるように永久に保存されていってほしい。
すぐ近くには相生橋という、珍しいT字型の橋がある。
この目立つT字の相生橋を原爆投下の目印にしたと言われている。
原爆の爆風をうけたもののも落橋をまのがれ修理して、約35年ほど使われていたという。
その後、昭和58年に老朽化で架け替えられた。
その相生橋から一枚。
【相生橋から】
私は初めて知ったのだが、目の前は川だった。
【川と】
常にドームの前には人が絶えずいた。
特に外国人が多かった。外見ではあまり見分けはつかないがおそらくアメリカ人かな。
【左が相生橋】
資料館に向かって歩くと途中、原爆の子の像がある。
【原爆の子の像】
折鶴を掲げた少女と側面に少年と少女が立つ。
周辺には多くの折鶴がある。
原爆ドームにまっすぐ伸びる。
ここは毎年、テレビでも映る場所。
【真っ直ぐ】
【原爆ドームを覗く】
そして広島平和記念資料館へ。
入館料200円。
原爆が投下されるまで、そして投下後の冷戦にわたる原子爆弾の歴史が説明される。
当時の痛々しい写真が展示されている。
教科書に載っている着物の柄が肌に映った女性の写真や死の斑点が出た兵士。
影が残った工場。
焼けた三輪車。
焦げた服。
銀行待ちの人が被爆し残った人の影。
ぼろぼろの学生服。
背中が炭化した男性。
展示に残るのはほんの一部だろう。
当時を思うとそれは本当に地獄だっただろう。
証言ビデオも放映されていて、外国人はタオル片手に目を抑えていた。
たいしたことは言えないが、ただただ平和を祈るばかり。
ひとつ残念だったのは、本館がリニューアル中だったこと。
工事終了後、また行きたい。
【本館】
【平和を祈る】